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昔五年ほど気功を学んだことがあります。もちろん人を飛ばしたりはしません。もっぱら練功に努め、他人の病気を治したりすることもありません。しかし、自然には「気」というものが確かにあり、それが生き物の健やかさと大いに関係していることを実感しました。
私は能をしています。スリ足を土台に構成される舞の型のそれぞれを、気の流れにしたがって運用してゆくと美しい舞になります。いや、これはそもそもお話が逆立ちしていて、能の舞というものが気の運用によって構成されていて、そして私たちは気の流れに従った動きを美しいと感じるのです。
自然の気の流れに従って舞を舞えば、身体は健康になり、見る人に心地良さを与える。四六時中、能をしていれば、病気になどならないはずなのですが、やはり何事も完璧には行きません。良いことの隣には破綻があります。柔らかな布に硬い素材の付属品をつければ、そのうちに接合部が剥がれるか布が破れてしまいます。
私の持病の腰痛は、おそらくそれにあたると思うのですが、年に一回くらい突然訪れるギックリ腰は、時にまさに「魔女の一撃」にふさわしい衝撃を与えてくれました。それこそ普段から練功に努めればそんなことにはならないのでしょうが、そういう時間は能のために使いたいので、忙しくなって教室から遠ざかるに従い、自主練功からも遠ざかってしまいました。腰を痛めてからやおら、ではちょっとやっておこう、と腰を上げます。確かにゆっくりと直ってゆきはしますが、苦しむ日数はもっと短い方が有難いのでした。
村松さんのシンクロームは、電磁的なハイパーボディという着想が面白く、気の身体観とも共通しています。ワークショップがあるというので、喜んで出かけてゆきました。
ワークショップは先づ先入観による弊害を実感するためのパズルから入り、意識によって内臓を動かす「内臓ダンス」に進みました。最初は肺から。でも、肺は意識である程度動くヨネー、などと思ううちに、次は肝臓。これが踊る!踊る!。音楽を聞いているうちに、こんなには踊れないナァ、と言うほど活発に動きます。肝臓が勝手に踊っているので意識で制御しているとは言い難いけれど、音楽が終ると踊りも終ってしまいました。
次にいよいよシンクロームです。でも、あまりにも単純。対象に左手をかざしながら、右手をネジを抜く要領で左回りにねじるだけ。こんなので本当に身体の不調が直るのだろうか、と誰もが思うと思います。
でも本来一つであるはずのハイパーボディーと身体が乖離しているならば、磁性体を整えるために一定の回転運動を促して、乖離を解消させる方向に向かうのは理に叶っています。村松さん曰く「これは自然治癒力を引き出すためにしているので、これに比べれば気功法でさえ人為的なものになります。」
さてワークショップで習いはしましたが、他人にやってみるのは何か気恥しいものです。一番良いのは自分の不調を整えることだよなァと思いながら、疲労が腰に溜ると患部に向けてモゾモゾ試してみましたが、さほど目覚しい効果はありません。村松さんが「自分にはなかなか上手く出来ない」と話していたことが、先入観になって阻害しているのかも知れません。でも確かに磁気の流れを内側から整えるより、外側からの方が上手く行きそうな気がします。つまり内部で動くと螺旋以外の余計な動きが干渉してしまうのです。このあたり、閉じた世界の内部から未来を予測することが不可能であるという、「ポパーの非決定論」(私の学士論文です。恐縮です。)とも似ていて、自分は大変面白いのですが・・・。
ところでシンクロームについてHPを読んでいると、何より興味深いのは遠隔施術です。折しも私の大切な友人と父親が癌になったという連絡がありました。ステージ4の下咽頭癌の友人は重粒子放射線治療を選択し入院しました。放射線治療には反対でしたが、医療についても詳しい友人のこととて、「ステージ4で余命3ヶ月」の現実は重く、その決定を遠くから見守るしかありません。
父は中期の直腸癌のようでこちらは手術を選択。私は父を健康法オタクと蔭でくさすのですが、先天的な心臓異常のある身体を30年来の食事養生で壮健に過して来た父も、年には勝てなかったようです。さいわい癌の部位も悪くなく、体力もあり、人口肛門の必要もないということで、手術は問題なく済みました。シンクロームの遠隔施術で癌を直すことは出来なくとも(理論上は出来るはずですが、シンクロームを知ってからあまりにも期間が短か過ぎました。)、病後の回復には資するかも知れません。村松さんにお願いして、個人的に遠隔施術のやり方を教えてもらいました。
方法は秘密にしますが、「これって本当に向こうに繋っているの?」などと思いつつ、指導を受けるその場で村松さんと二人で、友人に施術をやってみました。
友人に連絡を取ると、それまで熱がでなかったものが、その日から40度の発熱があると、熱に浮かされながら連絡して来ました。癌細胞が40度では死滅することはよく知られる通りで、ひょっとして効果があったのかな、と自分に都合よく解釈し、それからは折に触れて、遠隔施術を行っていました。これに父の方も重なり、一時は朝夕に時間のある時はしばしば二人に施術をしていました。幸い二人とも退院後は良好な経過を見せています。重粒子放射線治療を受けた友人は、その後遺症でリンパが腫れ、一時は食事も流動物のみだったようですが、癌の再発はないようです。父も暑さのなかリハビリに励み、日常生活には問題がないようです。
遠隔施術を教わって、もうひとつ試してみたことがあります。自分の身体を客体化して左手に乗せて施術すること。幸い?軽く腰に違和感が走り、このままだと一週間腰痛との共存を余儀なくされそうな事態となり、試してみたところ、痛みはなくなり、その日から問題なく活動出来るようになりました。気功法をしていた時にも、こんなに目覚しい効果はありませんでした。おぉ!これはやはり利くんだ、と自信を持った瞬間でした。
その後、バリ島で胃を痛めた村松さんに頼まれて施術をしたところ、効果があったようでした。
シンクロームをしていて思うのは、これは施術された人がシンクロームのお陰で直ったのだと思えないだろうということです。何しろその人は自分の力で病気を直したのに間違いないわけです。シンクロームは自然治癒の手助けをするだけなのですから。でも特に遠隔をしている時に思うのです。これは「お祈り」だな、と。手紙の末尾に「健やかな暮しをお祈りしています」と書き記すとき、特に信仰を持たない私は、今までは何となく後ろめたさを感じていたのですが、これからは遠くからネジネジして、少なくとも後ろめたさの解消くらいにはなるのです。その「お祈り」の効果がどこかの神さまよりもあらたかだったりしたら、なかなかに痛快なことではありませんか。

中所宜夫(能楽師・観世流シテ方)

中所宜夫/『砧』のシテを演じる筆者
中所宜夫/『砧』のシテを演じる筆者

中所宜夫(なかしょ のぶお)

能楽師・観世流シテ方。
観世九皐会所属。重要無形文化財総合指定保持者。
昭和33年名古屋生まれ。
謡曲を趣味とする父の影響で子供の頃より能に親しみ、大学のクラブ活動を経て能の道を志す。
古典作品の演能の他、新作能の創作、また能楽堂以外での小規模公演「能楽らいぶ」や能についての講演、謡曲・仕舞の教室など、能を未来に届けるための様々な活動を行う。
著書 『能の裏を読んでみた 隠れていた天才』
http://www.amazon.co.jp/dp/B00NJHQ5CI/